ドミニカ共和国レポート

臨床運動障害研究会スタッフの清水康弘が、理学療法士として2012年9月より(2年間)ドミニカ共和国に赴任しました。
青年海外協力隊では、どのような面接・語学研修を経て海外へ飛び立つのか?また、現地でどのような活動を展開するのかをレポートさせて頂きます。
少しでも同じ目標を持たれた先生方のご参考になれば幸いです。

レポート30 エピローグ

2014年10月31日

帰国後しばらくは時差ボケが酷かったですが、少しずつ日常に慣れてきています。 2年前の秋前に旅立ってるので、日本の秋冬を体験するのは3年ぶりです。寒いのが苦手な僕としては、すでに日本の寒さにやられ気味です。。。。

帰国後早々、24-2同期リハビリ隊員全7人が集まり、話しました。上手くいった事、上手くいかなかった事、それぞれでした。それが「結果」です。人間誰もが「成功」という「結果」を求めると思います。でも「失敗」も「結果」。何故失敗したのか、導入の仕方が悪かったのか、そもそも必要なかったのか等々、原因を考えて次に活かすためのプロセスだと思います。これって「評価→プログラム立案→リハビリ実施→再評価→・・・・」と繰り返していく、僕たちセラピストの仕事と一緒だと思います。そもそも途上国での活動で、すべて1回で上手くいくほど甘いものではないと思います。 JICAボランティアには、一定時期にレポートが課されています。それは今後JICAボランティアになった人全員が閲覧することが可能です。同じ失敗を同じ地で繰り返してたら、ただの時間の無駄ですよね。先輩ボランティアの成功例や失敗例に、自分の考えややり方というスパイスを加えて自分色にして活動することが、成功への近道のように思います。成功したかどうかは別として、僕はそうすることで、まだスムースに活動出来たように思います。

僕は臨床2年目になった頃にある先生の勉強会に参加して、すごく感銘を受け、いろいろと気付かされました。「俺は何をしてきてんねん」と猛省したのを覚えています。1年目にも先輩から指導されてたんでしょうが、なんとかこなしてただけで全く解ってなかったですよね。なので、何事も本人が自覚しないと、興味を持たないと、身にはついていかないと思っています。僕はそんな「気付き」と「自覚」を同僚達にも与えられたらと思って活動してきました。それが今後、同僚達が変化を起こす第一歩、キッカケになると思っていました。 帰国して少し落ちついた今、改めて僕のしてきたことはどうだったのか、単なる押し付けになってなかったか、少しでも役に立てたのか等々、考えます。でも帰国後、同僚がFBにこんな書き込みを載せてくれてました。

Yasuhiro Shimizu eres un gran profesional, gracias por ser un ejemplo a seguir, 2años con nosotros ni se sintieron, un gran ser humano siempre preocupado por el paciente y por enaltecer nuestra profesión, por hacer valer nuestra voz como fisioterapeuta, pero eso solo se logra si nos preocupamos por prepararnos y por superarnos a nosotros mismos como profesionales . Cuando yo sea grande quiero ser como tú. T. Deseo grandes éxitos regreso a tu casa Japón y espero volvernos a encontrar éxitos. Arigato gozaimasu       (原文)

日本語訳にすると照れ臭いし、現地語だから良さがあると思うので書きませんが、これを読んで、ちゃんと響いてたんやなぁ、僕の後ろ姿を見てくれてたんやなぁと涙が出るくらいうれしかったし、2年間の活動がホントに報われた気持ちになりました。そんな事を書いてくれてある内容です。

いろいろと大変なこともありましたが、結果2年間は充実し、あっという間に過ぎた感じがするため、まるで夢を見ていたように感じます。今はネット普及のおかげで、どこにいてもすぐ連絡を取り合うことが出来るので、時々「今、何時や?café飲みにこい」って嫌がらせのTELしてくる元同僚もいます。スペイン語で応対してる自分を見て、夢やなかってんなぁと感じています。 僕は配属されたADRや同僚がすごく好きやったし、ADRに行くのが日常やったんで、今はまだ日本の生活に違和感を感じています。早く日本の社会復帰しないとヤバイですね。

CPが最後に僕に言ってくれたこと。 「『Adios(さようなら)』じゃなくて『Nos vemos pronto(またね)』だよ。」 今回築いた同僚達との関係は、今後もずーっと継続出来ればと思いますし、僕の財産の一つです。そして楽しいことも日本にいたら想像出来なかった苦労も、よい経験・糧となって、これからきっと僕の中で活きてくると思います。 JICAから課された最後の課題、「この経験の社会還元」。今はまだボンヤリとしか見えてないし、出来るかどうかも判らん将来のことを堂々と公開するのは、僕の性に合ってません。とりあえずJICAから、駒ヶ根にいる訓練生達にドミ共の「任国事情」とPTの「職種別活動セミナー」の講座講師の依頼をいただいたので、僕に出来る経験談を話しに行く予定です。このように自分のペースで、その時々に出来ることから始めていければと思っています。 そして今回活動してきて、僕に足りないと感じた部分を今後埋めていき、いつの日かADRへ同僚達に会いに行けたらなと思います。

         

     

    

 

レポートは今回で終わりとなります。今後、皆様とは臨床運動障害研究会の勉強会でお会い出来ればと思います。私で出来るお話はさせていただきますので、気軽にお声をかけていただければと思います。

長らくレポートを読んでくださり、ありがとうございました。

FIN

Lic. Yasuhiro SHIMIZU, TF
31/Oct./2014

レポート29 任期終了

2014年9月25日

ついにというか、いよいよというか、ドミニカ共和国に赴任して2年が経とうとしています。

ドミ共には9/8は「理学療法の日」で部署内で食事会が予定されてたんですが、JICAの報告会の日程と被ってたため不参加の予定でした。それが、皆揃うから出てこいと呼び出され、当日ドミニカ共和国在日本大使表敬もあったので暑い中スーツを着たまま出向くと、部署仲間から送別会を実施してくれるというサプライズ。いよいよなのかと実感してきましたが、帰国1週間前にADRのDirectorが急遽送別会を企画してくれ、帰国2日前に開催。そのため帰国2日前まで職場で普通に仕事してたんで、最後までバタバタしてて感傷に浸る間もありませんでした。最後まで「これぞドミニカ共和国」って感じでしたね。

 

9月にあったJICAでの最終報告とドミ共の経済産業企画開発省のプレゼンを製作しながら、活動についていろいろと思い返しました。この2年間、僕は大きく4つのことをしてきました。

一番力を入れてきたことが、いままでも何度かレポートに記載してきた「急性期リハと予防リハの重要性」を訴えること。結果からみると、1年目にデータを獲り、2年目に広報していくといったものでした。僕が配属されたAsociación Dominicana de Rehabilitaciónは、ドミ共全土に約30の支部を持つ最大のリハビリ施設です。だからこそ訴え始めなければいけないし、訴えていけると思いました。
僕一人から始めた活動が、支部訪問時から同僚が加わり、途中から配属先Dr.も加わってくれました。JICA専門家、隊員仲間の協力を得て、病院でDr.相手にプレゼンする機会も出てきました。その姿を見て、一緒に支部周りをした同僚がDr.学会を、手伝ってくれてたDr.が病院でのプレゼン機会を獲ってきてくれました。すると次は、そこに参加していたDr.やセラピスト、支部同僚からウチでもプレゼンをしてくれないかと依頼を貰うようになりました。そしてその次は、、、、というところで時間がきていしまいました。まだまだ訴え続けなければいけないことだと思います。でも、後半はドミニカ人主体で進んできてたし、活動の輪がだんだん大きくなってきていることを実感出来ました。プレゼンも同僚がほぼ行ってくれていたし、資料も渡してあるんで、僕の広報活動は一区切り出来るかなと感じて終えることが出来ました。

 

次に重要視したのが、同僚達の知識・意識の向上。僕が配属されてまず同僚に言われた言葉が、「何しに来たの?」でした。ボランティア要請を出したCPは理解していても、実際一緒に働く同僚達は「別に何も困ってないけど、何か?」って感じでした。でも同僚達が行っているリハビリというものは、僕が見てptのための機能回復というより、Dr.からあった指示(物療)のみをただ淡々とこなすという感じをうけました。
急性期のことを訴えていく以上、同僚の認識向上も図る必要があると思いました。知識や認識の押し付けにならないよう、同僚自身が必要性に気付いて変化する、促すように意識してきました。なので時間もかかりましたし、全員に響いたかというとそうではありません。でも少なからず、今後を担っていく若手には響いたとの手応えを掴む事が出来ました。どういったところかってのは言葉で説明するのは難しいですが、仕事のスタイルや質の変化を見てきた僕だからこそ解る部分です。
活動最後には、OTボランティアの頑張りによって、配属先ADRで支部・他職種を交えての勉強会を実施することが出来ました。いろいろと振り回された結果、僕らが当初思い描いてい形とは大きく変わり反省点も多々あるものの、まず開催出来たこと、他職種の話も聞け、多職種と同じテーブルで一緒に勉強が出来たことは、今後teamを作っていくための第一歩だと思うし良かったと思います。

 

そして部署内に2種類の練習用AFOを導入しました。効率良いリハビリの提供、Dr. とptへの装具の提案が目的でした。貧困層のptも体験でき、必要性を理解した上で購入してもらえるという側面、Dr.からも購入前に必要性の評価・確認の依頼を受けるという側面も持ち、そしてこれをきっかけにDr.との距離が縮まればという思いがありました。
提案から導入まで1年を要しましたが、同僚POボランティアの協力も得て導入することが出来ました。製作時、あえて同僚にモデルをしてもらいました。AFOの製作過程を知り、POとの距離感を縮めてもらう狙いもありました。現在、積極的にリハビリで使用してくれる人、使用してくれない人、それぞれです。僕が積極的に使用しptの変化を見せることで、一部の同僚から必要性の理解を得てきたように、積極的に使用してくれる同僚がいる以上、少しずつ輪が広がっていくと期待しています。

 
最後にカルテの導入。他部署との情報共有、ptの変化を見るため、ADLへの意識向上等さまざまな目的をもっての導入でしたが、これを理解し受け入れてもらうのが一番難しかったです。一番協力してもらえると思ってたOTともモメたし。。。。結果、使用してるのはほんの一握り。頭では理解していても、評価がしっかり出来ない、記入するのがメンドクサイ等々、さまざまな理由があると思います。僕も日本で働いている時に、新しい書類が増えると、正直メンドくかったし忘れることもよくありました。日本のようにしっかりした規律が無く、絶対記入でない以上、根付くのにはまだまだ時間が必要だと思います。しかしCPが必要性を理解してくれてて、学生の実習でも配布し理解と記載を促してました。少しずつ変化をもたらしていってもらえればと思います。

こうやって文章にしてみると、「えっ!?2年いてこんだけ!?」って感じになりますね。それも完全にGoalまで到達したのはないですもんね。でも僕にとって、導入することは短期Goalで、根付くことが長期Goal。だから今後も継続して長期展望でみていく必要があると思っています。長年ある形の中に新しい物を加えるというのは、なかなか難しいことです。でもそれって日本でも同じこと。皆の理解が必要なので、たったこれだけのことでも僕一人では絶対に出来なかったと思います。

こうやって活動出来てきたのは、JICAスタッフ、専門家、隊員仲間、日本から支援してくれた臨床運動障害研究会の仲間、そして何より配属先ADRの同僚や仲間が手伝ってくれたからこそだと思います。特にADR同僚達は地球の裏側から来た何者かも解らなかった僕を受け入れてくれ、意見を聞いてくれ、すごく協力してくれてたんだなと感謝しかありません。

   
そんな皆様への感謝を胸に、いよいよ帰国します。

レポート28 5年後への期待

2014年8月31日

ある日の休日、同僚のおこなっているボランティアに参加しました。彼は年に1回、文房具の寄付を募って出身校の小学生に贈るボランティアをおこなっているそうです。ある日、彼から活動内容の説明と当日の手伝いを依頼されました。そのことを奥田代表に話すると、研究会からノートの寄付の申し出をいただいたので、研究会の代表としても参加することが出来ました。しかし、当日はウチの子が少ないだの、あれをもらってないだの、割り込んでくるだの母親達の文句のすざまじい事。あぁいうのをモンスターペアレンツって言うんでしょうね。文房具を手渡すため子供達を並ばせるのに一苦労しましたが、手本となるべき親があの状態では、子供だけ教育しても変化を求めるのは難しいなと思いました。しかし、文房具をもらった子供達の純粋な笑顔を見ると、参加して良かったなぁと思いました。それでしっかり勉強してくれよっ!って思いです。

    

先月のレポートでも少し触れましたが、CPが学科長を務める大学に行く機会がしばしばありました。学生に対して特別授業を実施したり、授業のカリキュラムについての会議に参加したり。会議には顔見知りのアメリカ人やコロンビア人の先生も参加していたので、CPは各国の多くの情報を得て、比べることも目的であったように感じました。僕もあくまで一例を示しました。それぞれの良いところを獲って、効率良いカリキュラムが組んでいければと思います。

先日、そのCPが実習生に脊損ptに車椅子の扱い方、段差越えを練習していました。この国で様々な理由で脊損ptは多くリハに来るものの、車椅子の練習しているのを見るのは初めてでした。何故なら、周りにいる人間だけでなく、pt自身も良くも悪くも近くにいる人間が手伝って当たり前という認識を持っているのが大半だからです。リハビリ職からみると、ただの過介助であり、能力の妨げになるんですが。。。。家族に認識を変えてもらうことがなかなか難しいように感じています。
実習生は数人のptを評価し、その評価内容をCPに提出することを課されています。その評価用紙を見せてもらうと家屋状況やキーパーソンが含まれていないことに気が付きました。だから自宅での生活がイメージ出来てないのかなと思いました。

   

 会議の中で、準備した日本のカリキュラムを提示し、また上記について日本でのレジュメを提示して、家屋状況やキーパーソン、実際の生活のイメージについて話しました。CP曰く、大学の授業でADLについて行ってはいるが、学生が目に行くのはどうしたも「歩行」だけになってしまっているとのこと。さらに学生だけでなく、多くのセラピストがBed上だけの筋トレ等の訓練だけで終わり、床上動作や移乗は介助ありきになってしまっていると。それはほぼすべてのptに対して言えることであり、僕も常々感じていたところです。CPはそういった部分を変えていきたいと話してくれました。

   
僕は毎回勉強会の最後のまとめで「解剖学、運動学、生理学等の基本をしっかり勉強しましょう。」「生活するためには、どんな動作が必要なのか?それを獲得するためには、どんなリハプログラムが必要なのか。患者さんの生活をよく考えましょう。」と言ってきています。日本のように勉強会等が実施されていない当国において、ボランティアが去った後でも個々で勉強し続けられることって、やっぱり大学で勉強するような「基本」だと思います。そこをまずしっかり理解することが重要だと思います。

って偉そうな事を書いてますが、僕も学生時代や働き出した頃は、まったく解ってなかったし一緒やったやんって思い返しました。そしてまだまだ知識不足なので、今も勉強を続けているわけです。そういった重要性を教えてくれたのは、職場の先輩達。しかしドミ共では、自信がないからなのか、文化なのか、プライドを考慮してなのか、あまり同僚同士が教え合ったり、先輩が後輩指導をするという様子をあまり見かけないし、生活まで考えて訓練している同僚はごくごくわずか。なので大学で学んでも、卒業して就職すると周りがする楽なやり方に流されてしまっているとのことでした。生活を考えてリハビリを実施することが当たり前、そんなセラピストを増やしていくため、学生のうちからしっかり教育していくことが重要であるとCPは話してくれました。そして「今はまだまだでも5年後だよ。そのために手伝ってね」と。

CPのような考えを持つセラピストがいることはうれしく思うし、まだまだこれからや!と思います。彼女も自国の未来を考えて頑張っています。残された期間でその手助けを少しでも出来ればと、学生達と一緒にptを診て認識向上を図ったり、学生達を集めてリハ室でミニ勉強会をおこなってます。


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